2002年にコールドプレイがこのアルバムを発表したとき、私は何をしていたのだろうかとたまに思い返すことがあります。
当時の私は18歳。高校を卒業して大学に進み、半年ですぐに中退し、何に向かって生きていくべきかを模索していた時期でした。
生き抜く自信だけはなぜだか強く持っていて、その自信を原動力として今なお自分が何者なのかを探し続けながら生きています。
感傷的なことを書くつもりはないのですが、人間ってふとしたときにふとしたことをきっかけに自らの若かりし頃を思い返し、その一瞬一瞬の経験が今の自分にどう影響を与えたのかを考えてみたりするものです。
そう書いたのも、コールドプレイのこのアルバム『A Rush of Blood to the Head 』(邦題『静寂の世界』)が実に刹那的で、それでいながら、永劫的な何かを感じる作品だからです。
刹那も積もれば永劫となる とでも言いましょうか、そんなところです。
「刹那」と「永劫」は対義語ですが、生と死がつねに隣り合わせなように 「刹那」と「永劫」も実はかなりの親戚同士なのではないかと思えます。
原題の『A Rush of Blood to the Head』は直訳すると「頭に血がのぼる」という意味ですが、「カッとなる」というニュアンスだけを表しているわけでは無いと私は解釈しています。
”突発的な感情”を表す意味で付けられていると同時に、”継続的な「のぼせ」”の症状を表しているのかもしれないと思っているからです。
広辞苑で「のぼせる」を引いてみると、
・感情の高まりで、ふだんの落ち着きを失う。血迷う。
・頭部や顔が熱くぼうっとなる。上気する。
と載っています。
「突発的な怒り」(カッとなる)というニュアンスに加え、「ぼうっとする」という意味もあり、全く逆の意味合いとは言えないまでも 「刹那」と「永劫」の関係性のような隣り合わせに近いものがあります。
原題が英語の作品なので 日本語に訳して解釈すること自体がご法度ではありますが、単純な一過性の怒りを示したいのであれば こんな長いタイトルにはせず、『Wrath』『Anger』『Rage』などの単語を使えば良いはずです。
真意は分かりませんが、知性を感じるタイトルであることは間違いありません。
もしもこのアルバムが『Anger』なんてタイトルだと、まったく捉え方が変わってきますから。
余談ですが、「のぼせる」は日本人であれば ”お風呂でのぼせる”など、「ぼうっとする」というニュアンスがピンとくるのではないでしょうか。
ですが、「のぼせる」を漢字で書くと、「逆上せる」です。(なんと!)
突発的な怒りを感じさせる「逆上」という漢字があてられているのです。非常に興味深い。
「刹那⇔永劫」「生⇔死」「天才⇔杉原」(←え…)のように 反するものがつねに隣り合わせだと言わんばかりに、どの言語であってもこの感覚は人類がみな共通認識として持っている感覚なのだろうと想像します。
さて、アルバムの概要をささっと紹介します。
『A Rush of Blood to the Head』は、デビューアルバム『Parachutes』(パラシューツ)から2年後にリリースされたコールドプレイの2ndアルバムです。
本国イギリスではデビュー作に続いてチャート1位を獲得。日本ではこのアルバムからコールドプレイの存在を知った人も多いはずです。
デビューアルバム『Parachutes』よりも鍵盤やエレキギターを多用し表現力に幅が生まれました。
ジャケットのアートワークはノルウェー人写真家のソルヴェ・スンズボーによるもの。
数多くのファッションブランド広告の写真を担当してきた功績の方がクローズアップされますが、このアルバムのアートワークを手掛けたことは彼のキャリアのハイライトと言えるでしょう。
では、ここからは全曲レビュー。
という名のひとくちコメントです。
① Politik
力強く、感情的なユニゾンの前奏から始まるこの曲は、本アルバムの1曲目に最適です。
2001年のアメリカ同時多発テロ事件をきっかけに書かれた曲です。
ゾワゾワっとする一種の狂気めいた何かを感じながら始まり、Aメロでふっと「静」へ移り、サビでまた「動」へと移ります。
コールドプレイが得意とする「静と動」の移り変わりを楽しめる曲です。
2番の歌い出しに「Give me one cos one is best(ひとつください ひとつがベスト)」という歌詞がありますが、直後に「平和」「自制心」「心」「魂」「癒し」なども続いて欲しており、最初に聴いたときは傲慢だなあと思った記憶があります。
それら全部をひっくるめて「one」なのでしょう。
② In My Place
本アルバムからのリードシングルで 英国チャートは最高位2位。
シンプルですが繊細で美しく、それなのにキャッチ―で しかも飽きがこない。
初期のコールドプレイを象徴する曲のひとつだと思います。
生きていると、人との関係性がガラリと変わってしまうことってありますね。
何かがきっかけで今まで良好だった関係が崩れ、後戻りできなくなり、失ってしまう。
後悔してもしきれない感情。悲しくて、悔しくて、情けなくて。
そんな内省的な心情を歌っています。
③ God Put a Smile upon Your Face
本アルバムからの4枚目にして最後のシングル曲。全英チャートの最高位は100位。
困難なときにこそ神様は明るい未来へと我々を導いてくれる、というようなニュアンス内容の歌詞です。
PVはモノクロ調で、体が透けてやがて消えていってしまうビジネスマンが描かれています。
歌詞とリンクしない内容のため 何が言いたいのかいまいちピンとこず、なんなら怖いです。
④ The Scientist
本アルバムからの2枚目のシングル曲。全英チャートは最高10位。
ピアノのリフが非常に美しいバラード。個人的にはこの曲がこのアルバムの中では一番好きです。
別れた恋人に対しての心情を歌っています。
主人公はまだ若いですが、別れを経験して人は強くなるもの。
理屈ではなく、心にある想いを素直に大切にするべきだと考えさせられます。
とかく男性は理屈っぽくなりがちで、そればかりにまかせても人生はうまくいきません。
タイトルの”The Scientist”(科学者)とは、理屈だけで物事や人間関係を考えてしまっていた今までの自分への皮肉や自虐でしょう。
もしくは、科学の素晴らしさを逆説的に説いているのかもしれません。
PVは 巻き戻しのような逆再生の技法が使われおり、つい最後まで見てしまいます。
詩や旋律も相まって、見たあとはぼんやりと色々なことを考えてしまう そんな作品です。
⑤ Clocks
本アルバムからの3枚目のシングル曲。全英チャートは最高9位、全米チャートは29位。
このアルバムの中で最も有名な曲だと思います。
非常に特徴的で印象に残るピアノのリフがメインとなり、そこに力強いドラムや幻想的なシンセサイザーが邪魔をすることなく混ざり合います。
最初から最後までコールドプレイの世界観を余すことなく味わえる曲。是非とも良質なスピーカー(イヤホンではなく!)で聴いて欲しいです。
PVはライブ演奏風のシンプルな見せ方ですが 色使いにこだわったのか、赤→青→黄→緑と照明が切り替わっていき、レーザーライトの演出も曲とマッチしていて綺麗です。
のちの彼らをイメージさせるようなカラフルな仕上がり。
⑥ Daylight
スライドギターから始まるこの曲は、独特な浮遊感のあるミドルローテンポのナンバー。
UKロック特有の何とも言えないトランス感を味わうことができます。
アメリカのバンドにはこの音は出せません(さげすんではいないです)。
タイトルにもなっている”陽光”(太陽のひかり)の偉大さにフォーカスが置かれ、それなくして人の意識も生まれ得ないことを考えさせられます。
⑦ Green Eyes
アコースティックギターのカッティングが心地よい曲。
本アルバムではこの曲がこの位置に入ることによって小休憩のような役割になっています。曲順の妙。
詩はアメリカ人の友人(もしくは恋人?)について歌っていると言われています。
どんなときでも献身的に想ってくれる人がそばにいてくれるのはどれほど幸せなことでしょう。
とても素敵な歌詞ですが、Green Eyes(緑色の目)を持たない日本人の我々からすると曲に没頭するところまで至らないのが残念です。
⑧ Warning Sign
本アルバムの隠れた名曲です。
と言ってもこの曲のファンはきっと多いでしょう。
この曲の通り、初期のコールドプレイは陰気な物悲しさを表現するのが非常に上手いバンドでした。
サビの ”When the truth is, I miss you..” の部分が美しく、感涙レベルの仕上がりです。
自分の中のWarning Sign(危険信号)を大切なあの人に伝えたい、しかしその人はもうそばにはおらず、心の中で真の想いを叫びます。
後半はピアノとボーカルだけになり消えていくように曲は終わります。
私が唯一心配していることは、この曲を聴いてどれだけの人が後追い自殺をしたかについてです。
⑨ A Whisper
周りのささやき声は自分を鼓舞してくれることもあれば、自分を迷わせる原因になることもあります。
さまよった結果、最後に答えを導くのは自分自身。
ささやきに呑み込まれそうになったとき=それは自分が弱っているとき。
みたいに解釈して聴いています。負けてはだめです。
⑩ A Rush of Blood to the Head
アルバムの表題曲。
感傷的になって殺人を犯したり戦争を始めても、あとには何が残るのでしょう。
一瞬の判断が一生の悔いになったり、または、一生の支えになったり。
立場によって悪人となったり、または、善人となったり。
どの立場の人間も命ある限りは精一杯生きるべきですが、その瞬間ごとの選択はとても重要な分岐となります。
”Start as you mean to go on”(続けるつもりで始めるんだ)の真意やいかに。
⑪ Amsterdam
ピアノとヴォーカルだけで始まり、曲の最後でダイナミックにバンドが加わるバラード。
アルバムの最後を飾るのに相応しい曲です。
題名のアムステルダム(オランダの首都)は、歌詞の内容と特に関係が無いようです。なんだよ。
以上、全曲レビューでした。
商業的な立場から見るとアルバム前半に主要曲を多く投入し、後半にかけては尻すぼみしていきます。
ただ、アルバム全体を通して総合的な評価をするべきで、後半の曲が前半の曲よりも劣っているということは一切ありません。
むしろ前半から後半にかけて 熟したワインのように曲色が変化していきます。
ワインに詳しくないのでいい加減なことは言えませんけれど。
まとめです。
今回はコールドプレイの『A Rush of Blood to the Head 』(邦題:静寂の世界)のレコードを紹介しました。
私にとってはリリース直後から今もなお聴き続けている作品です。
そのわけあって 当時のことを色々と回想したり、今の自分に当時の自分を重ねてみたり、そんなことをせずにはいられなくなるアルバムです。
「刹那と永劫」「一瞬と永遠」、時が経つのはなんて早いんでしょう。
聴き手によってテーマは様々です。
①Politikがアメリカ同時多発テロ事件をもとに書かれたというだけあって、表題曲の⑩A Rush of Blood to the Headもその類の曲に読み取れますし、アルバム全体を通して世界の平和を願う作風に捉えることもできます。
もちろん、恋愛について、友人について、家族について、身近なテーマを重ね合わせて聴くこともできます。
邦題である『静寂の世界』はネット界隈ではけっこう賛否両論のタイトルなのですが、私は2周ぐらい回って(20年ぐらい経って)ようやく腑に落ちました。
静寂の世界の中で何を想い、何を感じ、何を追い求めるのか。
そういうことを表現したい邦題なのかなと思っています。
あと なんかかっこいいし、売れそうだし、みたいな。
【 ひとくち評価 】
◎ 初期のコールドプレイを余すことなく味わえる
◎ 色々と考えさせられる
◎ シンプルなジャケットのアートワーク
△ みんなで楽しくドライブするときには向いていない
△ パーティにも向いていない
では、今回はこれまで。
さよなら。
<おわり>
■レコード詳細
・タイトル:A Rush of Blood to the Head
・邦題:静寂の世界
・アーティスト:COLDPLAY(コールドプレイ)
・オリジナル発売日:2002年
・メーカー:WB/Parlophone
・EAN:724354050411
・ディスク枚数:1枚
・価格:3,090円(税込)
※2024年2月2日現在
※本記事内の写真はすべて「iPhone 12 mini」の内蔵カメラにて撮影しています。
(出典記載のある写真/画像/絵/図などは除く)
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