【全曲レビュー】グリーン・デイ『Nimrod 』。至極の青春パンクがここにある。

レコード

リーン・デイのファン層は、『American Idiot』という超大作を境に二分化する傾向にあるように思います。
『American Idiot』発表後も”支持を続ける派” と ”支持をしなくなった派”。
私ははっきりと後者の人間です。
パンクロックというジャンルにおいて明らかに新境地を開いた『American Idiot』というアルバムを評価してはいるものの、このアルバムの発表以後、グリーン・デイが持つ良い意味での馬鹿っぽさや痛快さが失われてしまいました。

今回紹介をするレコードは、グリーン・デイの『 Nimrod 』(ニムロッド)。
メジャーデビューアルバム『Dookie』から数えて3枚目のアルバムです。
Nimrod』は『American Idiot』以前のグリーン・デイの作品の中で頭一つ抜けた作品だと思います。
彼らの前期の作品の中で最も才能に溢れ、ウィットに富み、ノスタルジーな青春パンクの匂いがまだ残り、それでいて彼らの自信に満ち溢れた音が詰め込まれています。

いうわけで、今回はグリーン・デイの『Nimrod』。
タイトルの『Nimrod』(ニムロッド)は「馬鹿」や「愚か者」という意味で、元々は聖書に登場するニムロドという名の狩人が由来です。
アニメ『ルーニー・テューンズ』に登場するバッグス・バニーが、間抜けハンターのエルマーに対して皮肉を込めて「ニムロッド」と呼んだことで、他人を馬鹿にする用法として使われるようになったんだとか。
文化は違いますが、日本でも下っ端の相手に対して「おい、ぼうず!」なんて言いますね。

余談ですが、エドワード・エルガー(※1)の『エニグマ変奏曲』の第9変奏の名称も『Nimrod』です。
長くなるので省きますが、ここからも着想を得ていると考えられます。
(※1)エドワード・エルガー:イギリス人の作曲家(1857-1934)。行進曲『威風堂々』を作曲したことでも有名。

スラングとしてのニムロッド(=馬鹿)の元ネタはこの人、エルマー。
(出典)『ルーニー・テューンズ』

この『Nimrod』というアルバムタイトル。
注目したいのは 『Stupid』『Fool』『Idiot』など、ストレートな「馬鹿」という単語を使っていないところ。
Nimrodという単語に「馬鹿」や「愚か」というニュアンスが含まれていることを理解しているのは一部の層だけで(主にアメリカ人)、一般的には聖書に登場するニムロドのほうが有名です。
聖書に登場するこのニムロド、『ユダヤ古代誌』においてはなんとあのバベルの塔の建設を命じた王です。
そう、つまり ダブルミーニングになっているのです(きっと)。
バベルの塔のように天高く、自分たちの力がどこまで通用するのかをこのアルバムで試したい。
そんな彼らの隠れた思いが詰まっていても不思議はないでしょう。

にもかくにも、「Nimrod.」と書かれた丸い黄色いステッカーが顔に張り付けられたアルバムジャケットはなんともインパクトがあります。
馬鹿も賢者も紙一重、と言ったところ。皮肉がたっぷり含まれていますね。

政治家風の2人の男性は政治家ではなく、インスリン(膵臓すいぞうホルモン)を発見した2人の医学者、フレデリック・バンティングとチャールズ・ベスト。
なぜこの2人なのかは分かりません。
許可を取っているのかどうかも分かりませんが、顔が隠れているので良いのでしょうかね!?

光栄にも(?)堂々とアルバムジャケットの”顔”となった2人の賢人。
左がフレデリック・バンティング、右はチャールズ・ベスト。
若かりし頃の実際の2人の写真。
アルバムジャケットとは左右が逆で、左がチャールズ・ベスト、右がフレデリック・バンティング。
(出典)Wikipedia

ャケット裏面も表のデザインと同じように黄色のステッカーを貼られた人物が8名載っています。
これらが誰なのかは分かりませんが、8名の中にグリーン・デイのメンバー3人が紛れています。
目を凝らしてじっくり見てみましたが私は紛れていませんでした。

1段目左:ビリー・ジョー(ボーカル、ギター)
3段目左:トレ・クール(ドラム)
4段目右:マイク・ダーント(ベース)

ジャケットを見開くとメンバーの写真と歌詞がだーーっと書かれています。

なお、今回紹介をするレコードは2017年発売の『Nimrod』20周年記念の2枚組。
収録時間の関係で2枚目の裏面(いわゆるDサイド)に曲は収録されていません。もちろん溝も無し。

D面には曲が収録されておらず、バンド名だけプリントされている仕様。

て、ここからはアルバム全曲レビューです。
全18曲と曲数が多いのでかいつまんでサッと解説します。

① Nice Guys Finish Last
アルバム1曲目は小気味よいスネアドラムからスタート。
”良い奴はビリ”という題名そのままに、”正直者は馬鹿を見る”というようなニュアンスの曲です。

PVではグリーンベイ・パッカーズ(NFL=米アメフトリーグのチーム)のロゴやカラーをオマージュし、アメフトの試合さながらメンバー3人がライブで暴れる姿を演じます。アメフトが分かる人なら思わずクスっと笑ってしまう演出がたくさん詰め込まれています。
グリーンベイ・パッカーズというチームはNFLの古参チームのひとつですが、グリーン・デイとは特に何の接点もなく、名前が似ているためにバンド名とひっかけたダジャレでうまくハマっただけだと思われます。

(出典)PV『Nice Guys Finish Last』

② Hitchin’ a Ride
ストリングスからはじまるリズムナンバー。
冒頭のバイオリンはザット・ドッグのペトラ・ヘイデンが演奏しています。
曲の雰囲気にしっかりとマッチしたPVも素敵です。

(出典)PV『Hitchin’ a Ride』

③ The Grouch
短くてシンプルな3曲目。曲順の配置も非常に良いです。
不平不満をぶちまけながら他力本願で生きてきたどうしようもない老いぼれ中年を演じます。
「fuck」「shit」「bitch」と禁止ワードがオンパレードの歌詞ですが、それに反して曲はポップで爽快。こういう曲を書いていた頃の彼らが私は大好きでした。


④ Redundant
ミドルテンポのシンプルなバラードロック。
他の曲もそうですが、彼らにしか作れない曲というのはこういう曲のことを言うのでしょう。
淡々と進む曲構成は、代わり映えのしない退屈で飽和した日々を歌う歌詞とも絶妙にマッチします。
聴けば聴くほど、良い意味で何がすごいのかよく分からない曲ですが、ビートルズのように それだけ才能に余裕があるのでしょう。

演者が同じ動きを繰り返し続ける内容のPVは、つい見てしまう仕掛けがたっぷり。この曲のキャラクターがうまく表現されています。

(出典)PV『Redundant』

⑤ Scattered
フェイドインから勢いよくスタートし、疾走感と爽快感が曲の最後まで続く彼ららしい1曲。
物憂げで感傷的な歌詞との相性もとても良い。


⑥ All the Time
シンプルな3コードのリフが頭に残る曲です。
後半のコードアレンジも見事。何でもないようなことをやっているようで やろうとするとなかなかできそうにない、そんな曲です。


⑦ Worry Rock
どこか懐かしい雰囲気が漂うミドルテンポのメロディックなポップパンク。
意外にも(?)甘い声を持つビリー・ジョーの才能が光る一曲です。
当時の彼らには珍しく、曲の中盤でシンプルながらもギターソロが入ります。


⑧ Platypus (I Hate You)
直訳すれば「カモノハシ(大嫌い)」という曲名ですが、なぜカモノハシなのかは分かりません。
歌詞は下品な単語や言い回しが満載で、子供にもデートにも一切向いていません。
アグレッシブでパンチのあるハードコアな1曲です。


⑨ Uptight
分厚い中音域のユニゾンから始まり、ポップパンクが駆け巡る。
疾走感がありながらもどこかシリアスさが残る曲。大好きです。
銃を片手に緊迫した夜を過ごす男…。
自殺について歌う重たいテーマですが、それをポップに仕上げる技量が素晴らしい。
③The Grouchの主人公を再び歌っているとも考えられます。
”I’m a son of gun”という表現もなかなかのセンスです。


⑩ Last Ride In
本作で唯一のインストゥルメンタル。インストですがPVもあります。
サブライムなどを彷彿とさせるローテンポなサーフロック調の曲。
この曲を境にアルバムの前後半が分かれているような感覚です。
じんわりと、どこか懐かしさと深みのある曲で、後半は木琴パートなども加わります。
彼らの音楽性がより深くなったことが分かる1曲。
勝手な想像ですが曲順の流れから⑨の主人公は結局自殺したのだなと私は回想しています。

(出典)PV『Last Ride In』

⑪ Jinx
ここからアルバムは後半へと突入していきます。
カウントコールから元気よくスタートするこの曲は、前作『Insomniac』で得意としていたストレートで粗削りなポップパンクの雰囲気が残っています。
なお、この曲と次曲⑫はメドレーになっています。


⑫ Haushinka
⑪からメドレーで続くこの曲はオペラパンクとも称された『American Idiot』へと続くものが垣間見られます。後半にかけてどんどんとスケールが大きくなり、ドラマチックに展開していきます。


⑬ Walking Alone
ハーモニカが印象的なメロディアスなナンバー。
日本の曲のような旋律の動き方で、仮に日本語の歌詞をつけて歌ったとしてもほとんど違和感が無いぐらいの日本っぽさです。


⑭ Reject
わずか2分ちょっとの曲ですが随所にグリーン・デイらしさが詰まった1曲。
メンバーそれぞれの技術の高さも際立ちます。
社会や政治に対する怒りを圧縮して一気に放出させる、そんな曲です。


⑮ Take Back
特に目立つ曲ではないものの、なかなか聴くことがない彼ららしくない・・・・・曲。
ハードコアなパンク要素がギュッと詰まった短くもパンチのある1曲です。
歌詞は銃について歌っています。
”Take Back”(取り消せ)と繰り返し歌うも、最後は”Take”(取れ)に屈する物語。


⑯ King for a Day
スカの要素を取り入れたグリーン・デイ最重要曲の1つ。
ホーンセクションはノー・ダウトのメンバーが担当しています。
歌詞は女装が趣味の男性について書かれています。
「1日王様」というタイトルの通り、女装をしている間だけは王様気分 といったニュアンス。
面白いのはサビで繰り返される”King for a day, Princess by dawn”(王様気分、夜明けまではお姫様)という表現。
女装を着飾り、身も心もお姫様なわけですが、それを形容して受ける単語は”King”という揺るぐことのない男性名詞。このギャップが上手く詩に落とし込まれています。
こういったクスっと笑える中にも知性を感じる言い回しが素晴らしい。
また、この曲はライブでも必ず演奏され、メンバーが女装したり色々なコスチュームを着たりとお祭りのような雰囲気になることでも有名です。


⑰ Good Riddance (Time of Your Life)
このアルバムのハイライトと言っても差し支えのない名曲です。
ボーカル、アコースティックギター、ストリングスだけで構成されたバラード、もはやパンクではない。
今なお 彼らのライブのフィナーレを飾る曲として演奏されています。
意識をして作ったわけではないようですが、アメリカでは卒業式や結婚式など 人生の門出を祝うイベントの定番ソングとしてすっかり定着しています。
そういった瞬間に刺さる歌詞なので異論はないのですが、個人的にはもう少し暗いイメージ。
気が病んでいる人が「全くダメな人生だけど最後にはきっと良いこともあるよな…」と回想をするような、そんな曲だと思っています。
PVも曲にマッチしたゆったりとした仕上がり。

(出典)PV『Good Riddance (Time of Your Life)』

⑱ Prosthetic Head
最後は静と動をうまく取り込んだ1曲。
アルバム全体を通しても静と動のバランスが秀逸で、ただのパンクバンドではないことがよく分かる1枚ですが、この曲はそんなアルバムのキャラクターをぎゅっと1曲にまとめたような、そんな曲です。
アルバム最後の曲として異論無し。


以上、全曲レビューでした。
曲数は18曲と多いですが パンクバンドらしく1曲平均2分57秒。
小刻みな展開で様々なカラーの曲を総時間46分で魅せてくれます。

とめです。
今回はグリーン・デイの『Nimrod』のレコードを紹介しました。

厳しい目線であえて注文をつけるとすれば個人的には2つ。
(1)曲数が多いので2曲ぐらい削っても良い。(だが取捨選択が非常に難しい。)
(2)⑯King For A Dayと⑰Good Riddance(Time of Your Life)の間にクッションになる1曲が欲しい。この2つの曲のカラーの差が激しいので、それぞれの良さが相殺されてしまっているように感じる。⑦や⑬あたりの曲を緩衝材として2曲の間に入れて欲しかったが、これらはこれらでそれぞれに各曲順として役割を果たしているので動かせばそれで良いという単純なものでもないので難しいですね。

よって、これらは個人的なちょっとした不満であり、これが理由にこのアルバムの私的評価が下がることはありません(なんだよ)。

【 ひとくち評価 】
◎ 名盤です。
〇 D面なしの構成がちょっとレアで嬉しい。
× 前項と矛盾するが、中途半端な2枚組(D面なし)ゆえ 短いスパンで裏返したりディスクチェンジが必要。できれば1枚にまとめて欲しかった。

では、今回はこのへんで。
さようなら。

<おわり>


■レコード詳細
・タイトル:Nimrod(ニムロッド)
・アーティスト:GREEN DAY(グリーン・デイ)
・オリジナル発売日:1997年
・メーカー:Reprise(リプライズ)
・EAN:093624912331
・ディスク枚数:2枚
・価格:4,290円(税込)
※2024年3月15日現在

※本記事内の写真はすべて「iPhone 12 mini」の内蔵カメラにて撮影しています。
(出典記載のある写真/画像/絵/図などは除く)

コメント

タイトルとURLをコピーしました